
photo:最愛なる父
1/11に職場に1本の電話が入った。
ちょうど私が電話をとり、「気をしっかりもって聞いて。父が倒れたから、至急、沖縄に帰るように!」
と連絡を受けた。
仕事中にもかかわらず、涙がぼろぼろと。
仕事を終わらせて急いで駅に向かったのですが、ここはウチナーンチュ。
めったに乗らない電車に、切符の買い方がわからなかった~!!
駅員さんに頼んで買ったはいいが、鈍行の切符。
目の前に来た電車は、特急でした。
即、特急に乗り、「なんくるないさ~(なんとかなるさ~)」で、空港を目指したが、飛行機の確認をせずに向かっていたのであった。
こんな無計画でも、なんとか、最終の飛行機に飛び乗ることができました。
途中、兄から電話があり、「親父、植物になったよ~」と連絡をもらい、言うまでも無く、兄に説教をしたのであった。
病院に着いて、父と対面するも意識は戻らず。
私はボロボロ泣き崩れて、家族の待機室に戻り、母、姉、叔母がいました。
母は、私を見るなり「まきちりし、泣くな。笑いなさい。」
私「??この人、何言ってるんだろう?」
叔母「姉さん、こんな時に笑いなさいって!父親がこんな状態だのに、泣いていいでしょ!!」
って、援護射撃をしてくれました。
まったくもって、う~ん、わからん。
奇跡を信じていたけど、旅立ちました。
私は、小さい頃から父の秘書と言われるほど、側にくっついてまわっていました。
とても優しくて、ダジャレの師匠で、ひょうきんで、最高の父でした。
最近では、私が電話をすると、「お前たちを誇りに思う。」って言っていたけど、こっちが誇りに思うよ~
ありがとう
そして、父が旅立つのに、たくさんの方々が、私たち家族を支えてくれました。
ありがとうございます。